開山の蘭溪道隆は宋で臨済禅を修めた高僧で、寛元四年(1246)来日し、九州、京都を経て鎌倉の寿福寺に移り、時頼の帰依を受けて建長寺の開山となりました。中国風の純粋な禅を導入して指導に努め、鎌倉における禅宗の確立を行いました。
伽藍の配置は、総門・山門・仏殿・法堂などの主要な建物が直線上に並び、回廊や衆寮がそのわきに左右対称に配されている禅宗様(唐様)(中国風の様式)で、現在の堂の配置は当初の姿を色濃く残しています。現在建長寺に残る建造物は、すべて江戸時代以降に再建または移築されたものですが、保護者を失いさびれていく寺院が多かった中で、江戸時代においても幕府の保護のもと伽藍の整備がなされ、五山一位の風格を備え続けて今日に至っています。
建長寺の山門と仏殿の間の柏槇の並木は、中国風の中庭庭園の名残を留め、方丈裏庭園も当初の禅宗庭園様相を良く残しています。
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